ヨーロッパの哲学では、(神)を世界の究極原因と言う意味で使用することがある。
世界は人間のためにあるのではない。
人間の存在には何の意味もない。
人間には「他人を従わせたいと言う欲望」がある
そこから国家の原型ができるのは不可避。
国民は誰か?
誰が国民にふさわしいか?
と言う問いのため
国家は合法と違法の判断を独占している。
哲学とは考えることとも言えるでしょう。
愚かな私たちは、常に埒も無いことを考えてしまいます。
何が正しいのか、真実なのかはわかりませんが、どうせ考えてしまうのなら、それでもましなことを考えたいものです。
それで実行出来なければ、意味がないのかもしませんけど。