笑う数学シリーズのルート4巻です。
いや、何巻か分かりにくいんですど!
確か2巻ですよね?
本書は、複数人の著者による数学面白小話を、リレー形式で紹介しています。
苦手な人はとことん苦手な数学。
それもこんなふうに面白くしてくれれば、きっと好きになる!かも知れません。
笑う数学シリーズのルート4巻です。
いや、何巻か分かりにくいんですど!
確か2巻ですよね?
本書は、複数人の著者による数学面白小話を、リレー形式で紹介しています。
苦手な人はとことん苦手な数学。
それもこんなふうに面白くしてくれれば、きっと好きになる!かも知れません。
故桂歌丸師匠の著書。
本書は著者の高座を文字に起こしたものです。
それも病を得てから復帰した時のもので、まさに最晩年で芸の円熟期と言って良いのではないでしょうか。
実際に高座に行くことはほとんど無いのですが、本書を読んでまた見に行きたくなりました。
それでももう、師匠はいないのですけれども。
人は悪いことをするけど動物は無垢です。
なんて、とんでもない!
本書を読むと、様々な動物が多種に対して、また場合により同種に対していかに利己的に、悪く振る舞っているかが、とてもよくわかります。
いや、これが自然なのですよね、きっと。
犬に仏性はあるか?
という公安を思い出しました。
出題者はわかっていたのでしょうね。
なんか色々考えさせられます。
俳句なんて、けりとかなりとか、何だか古臭くて年寄りくさいイメージがありました。
しかし、若い人にも出来るのです。
それも、学生さんが部活として俳句を作るという。
読まれるのは学校生活や、青かったり若々しかったりする、素敵な感性に満ちた俳句がたくさん。
そうか!俳句って、こういうのも良いんだ!
そのように気づかせてもらいました。
教養とはテクニックでは無く、生き方を深めるもの
教養とは自分を形成、揺るがない自分を確立させる営為
日々の悩み、大事だと思っていたことが、きれいに洗い流された。
忘れ難い光景が広がり、心が震える瞬間
→俳人は黙って景色を指差す
日常の些事に私は生きている。そこしかない。
連歌は数人で100ほど巻く。完成に1日かかることもある。
始まりの発句は、仲間への配慮や時候の挨拶も兼ねた
手紙を始めも時候の挨拶
この発句が俳句となった
個人の体験やささやかな実感を季語とともに詠めば詩になる
余命数年の正岡子規
絶望し、俳句会を革新しようと評論や句を発表し始めた。
花鳥風月は、苦痛な人間生活の上に、初めて有意義に存在している
我々の生活は平凡で、輝かしい非日常になるとも思われない
→それを丹念に観察しつつ、わずかな面白み、四季、極楽を見出そう
個人のささやかな情感を大切に読むのが連歌から俳句
嬉しい、悲しい、嫌だな
面白さ、楽しさ、美味しい食べ物
美しい草花や自然
季語:日常感じている季節感を明確に認識し、その季節にしかない情緒を豊かに膨らませるもの
風にも1ヵ月ごとの季語がある
→風の変化に気づきやすい
季節は「匂い」や「音」として五感訴える
季語とお茶は近い
日常を丁寧に暮らす
俳句は毎日の普通を肯定している。
なんでも粗末にせず、はっきり見定めれば、美しい姿がある。
「この」が素晴らしい「どこか」になり得る。
今を味わい慈しむ
全てはうつろう
俳句を詠む時くらいは草花の風情に見惚れ、四季の情緒に浸って現生の憂さを忘れよう
人の喜怒哀楽に触れずとも、そこはかとなく漂うこともある
ちるさくら 海あをければ 海へちる
にせものと きまりし壺の 夜長かな
「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇である」
卒業の 空のうつれる ピアノかな
変なメニューって、あるのですね。
本書は様々な地域のある日の学校給食から、これはというような変なメニューを、紹介しています。
取り合わせが変
単品でも変
味付けが変
素材が変
などなど、様々な変な給食がてんこもりです。
さすがに笑い事では、ないですよねぇ!?
主人公の目線からだけ、猫田くんは猫に見えます。
しかし、猫田くんは普通の人間です。
この不条理なシチュエーションは、カフカの『変身』を思い起こさせます。
このことで猫田くんが物凄く困るわけではないので、意図はそれとは違うのでしょうけど。